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誰かの胸に抱かれたくて

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そのホテルは、R町のメインストリートにありました。
前に彼と会って話した喫茶店から海とは反対に数百メートル入った辺りで、徒歩で行き来ができる距離でした。役場や警察署がメインストリートに連なるように並び、その道のもっと先に、ちっぽけなJRの駅があります。郵便局や小学校なども役場の周辺に位置していました。
ホテルの駐車場には、奥に向かって等間隔に四本の白線が引かれ、そのさらに向こうはなだらかな坂になっていました。二台しか車が停まっていない駐車場はガランとしていて、一番奥の四角の白線の中に自分の車をバックで入れました。
「ここには来たことあるの?」
「ある訳ないだろう・・」
彼の歯切れの悪い答え方を訝しく思いながらも、ドアを開け、外に出ました。横殴りの粉雪が、容赦なく顔面に吹き付けていました。

出会い系サイトで彼と知り合った頃を思い出していました。
長年連れ添った夫との夫婦関係に罅が入り始めた頃、高校時代の親友から教えて貰ったサイトにアクセスしたのが半年前でした。きっと、肉体的にも精神的にも疲れ切っていたのだと思います。誰でもいいから、自分の悩みを聞いてほしかったのでしょう。誰でもいいから、その胸に抱かれたかったのでしょう。

サイトにアクセスしたその日から、私の人生が少しずつ動き出したことを感じました。スマホでサイトを覗くたび、新しい男性と知り合うことができるようになったですから。思えば結婚以来、夫中心の生活でした。必死で良妻賢母を演じてきたのかもしれません。「こんな人生に意味があるのかしら」と思い始めていた矢先、夫から離婚を切り出されました。そんな悩みを根気よく聞いてくれたのが今の彼だったのです。

リモートキーで車をロックした彼が、ホテルのエントランスへ小走りで向かいました。静々と彼に従う私は、男性から見れば都合のよい女に違いありません。
「寒くないかい」
「大丈夫」
こんな小さな優しさが今の私には必要なのだと割り切って、フロントでチェックインの手続きをしている彼を横目にロビーを足早に横切り、二基あるエレベーターの前に向かいました。

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